2014年1月の感想文

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・舞台『俺たちの明日
開演してすぐに観客をも照らした照明、この照明がラストまた観客を照らした瞬間に「繋がった」ということが分かり、はっとして思わず口が「ぱかっ」と開いてしまった。
そして口が開いて呼吸が楽に出来た、ということに自身が気付いた時に、それまで口をぎゅっと閉じて息をすることも忘れて体に力が入りながら観劇をしていたことにやっと意識がまわった。
自分の体のことも意識出来なかったくらい、舞台の世界に入り込んでしまっていたのでした。

手には汗をたくさん掻いてしまうくらい、緊張を緩めることが出来ない展開に続く展開。
“八人の男達 逃げられない八方塞”(フライヤーより抜粋)
観劇した側も舞台に全身を捕まえられてしまって逃げられない作品でした。
(2014.01.12)


『笑って死にたい』遠藤周作 著(河出書房新社)
「なるようになれば、いいじゃないか! 美しく死のうが、見苦しく死のうが、生きている間はジタバタしたっていいのである——。 人生を極めた42篇!」(帯より抜粋)

エッセイです。
後半が六十代、七十代になった、死の距離が必然と近づいてしまっていると分かった時に改めて読みたいと思わせる編集となっていました。
なので、読み終わって最初に思ったのが「読むには少し早かった。」でした。
1冊としては、長く近くにおいておきたい本です。

エッセイ42篇、それぞれ5頁前後で1篇となっていて、移動中などにも気軽に読めやすく、また全体として狐狸庵先生らしいユーモアさを感じる一冊となっています。
今はあまりそう出会うことも出来なくなった粋なおっさん節、と言えば良いのでしょうか。
こういうおっさん節を聞ける機会が今、あまりなくて寂しいなぁと切に思います。

章ごとにぶつ切り感想。

●第一章 不真面目に生きよう
おっさんの「くそォ」の声は嫌いじゃないです。寧ろ、イケてる!と思うこともあります。
おっさんの「くそォ」までにいけるには、人生まだまだ経験重ねていかなきゃ到達出来ないなぁ。

「ユーモアの根底には愛情がなければならぬ」(本文より抜粋)
ユーモアと笑いについて書かれた第一章の最後の一篇は、心のドッグイアもの。
ユーモアも笑いも愛が欠けてはならないです。

●第二章 私はあなたの人生の脇役
「女房」について触れています。
この章のタイトルである「私はあなたの人生の脇役」、この言葉好きです。
自分の人生にとって、自分は主役だけれども、他の人の人生にとっては脇役。
極少人数で良いんだけれども、誰かの人生の名脇役になれたら、自分の人生って良い人生かなって思えます。

●第三章 コロリと死にてえなあ
病気、死、医者について。
「いよいよ、旅発つ今の気持ちは全くの秋晴れ」(本文より抜粋)
日野原重明先生『人生の四季に生きる』より引用された日野原先生のご友人である木島先生の遺書の一節。
こんな最後を迎えられたら良いんですけれども多分、私は最後までジタバタしそうです。
ジタバタ人間はジタバタして良いんじゃないかと狐狸庵先生は仰っています。

●第四章 樹の下で茶を楽しむ
「風景は二度と帰らない」の一篇は今後折に触れて思い出すことが多くなりそうです。
「昔の日本人は風景を作ることを知っていた。」(本文より抜粋)
「風景もまた子孫に残してやる財産である。」(本文より抜粋)
風景について。
変わっていく風景と変わらない風景。
盆栽をやりたくなってきます。

●第五章 誰かが守ってくれた
縁や死について。
最後の一篇のタイトル「来世は鹿になります」
狐狸庵先生は鹿になったのでしょうか。
印度についても書かれていて、私の中では印度=『深い河』で、久しぶりに『深い河』を読みたくなりました。
(2014.1.28)


*おまけ*

・DVD『リーガル・ハイ』vol.2
『リーガル・ハイ2』からテレビで観たのですが、「1も面白いよ!」という声をちらほら聞いたので、シーズン1をスローペースで観ています。
vol.2は第3話と第4話。
第4話が日照を阻害するマンション建設に対する反対運動についてでした。
子どもの頃から「マンション建設反対!」とか「日照権を奪うな!」なんていう旗をマンションが建設される度に見ながら育ってきた身としては、結構真面目に観ちゃいました。
あの反対の旗、大人たちがマンションが建つのを本気で怒っている!っていうのは小さい時からなんとなくは受け止めていて、なんとなくそこのまわりの空気が威圧的だったり怖く感じちゃって、通るの避けたりしたなーとかも思い出したりして。
でも、結局建つんですよね。
新しいマンションの建設の度に反対の旗が上がっているんですけれども、結果建設中止とかになったっていう話は聞いたことないです。
で、我が家はたまたま今まで反対の旗が上がっていることと、その後やっぱり建ったという結果しか分からない距離より内側になったことがないので、その旗と建設の間の話は未知なまま。
ドラマで、フィクションなんですけれども、未知の中身はこんな場合も時にはあるのかなーなんて思いつつ第4話を観ました。
未知の中身はフィクションなんですけれども、ストーリーの最後のまとめ方は現実の町の変化にリンクするなと。
私自身、町の変化を見てきて、
町に新しい建物が建つ→新しい人が住む→町が変化する
この変化はどの時代においても変わらないもので、当たり前のことなんだということを知りました。
人がいてこその町ですもんね。
そういえば、シーズン2にも舞台は違えども、町の変化に焦点を充ててる回がありました。
多くの人の関心が強い部分なのかもしれないです。
(2014.1.26)
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